失われた血族の覚醒……だと……?!


 ボクは幼い頃から、自分は他人とは違う、どこか特別な存在であると心の片隅で思い続けていた。


何故かはわからない。でも、自分はその他大勢の凡人どもとは同等でない、一線を画す存在であると、


ボクは小学四年生の未熟な脳味噌で思考し、発育過程だった幼心を持って理解していたのである。


その頃ボクには、クラスに友達と呼べる存在が一人もいなかった。


出来なかったのではない。作らなかったのだ。別に必要もないし、いなくても不幸だとは思わなかった。



 十六歳になって、ボクは強引に連れていかれた吉祥寺の怪しげなビルで、様々過酷な適性テストを母親に受けさせられた。


そしてスイスのジュネーブに拠点を置き、全世界に有象無象の支部を持つ血塗られた組織――『レッド・クロス』の一員となり“提供者”として生きていくこととなった。



 その晩ボクは就寝前の布団の中で思った。いや再認識したと言うべきか。


「ああ、やはり自分は他の平平凡凡な奴らとは相成れない特別な人間だったんだなー」と。



 “提供者”の主な仕事は三ヶ月に一回、全国各地に点在する支部へ足を運び、己のが力の源である“クローフィ”を組織に提供することである。



 クローフィを提供するにあたって、毎回体が針で貫かれるような激痛を伴うのだが、それは厳しい適性テストを経て選ばれた“提供者”の運命であり、


仕方がないことだとボクは納得している。



 ただその痛み故か、提供者には少しでも快適な環境でクローフィを提供してもらおうと、国から莫大な援助金が支給されており、


レッド・クロスの支部はどこも、まるで5つ星ホテルのロビーかと見間違えてしまうほど絢爛豪華な様相を呈している。



 まあ、そんなこんなで十六歳の頃から四年間、計16回、ボクは串刺しの激痛に耐えクローフィの提供を行ってきた。



 そして今現在、二十歳。ボクのもとへ組織からある一通の封書が届いた。


組織のシンボルマークである、血塗られた十字架を背負った真っ赤な大耳の悪魔がプリントされている封筒を開けると、


中には無機質な文字で書かれた一枚の手紙が入っていた。



「 拝啓


 突然のお手紙で恐縮千万、ご無礼を御許しください。この度、貴殿の持つクローフィがただでさえ少ない“提供者”という存在の中でも更に希少、


適合者は数十万人に一人と言われているハイパー・レジェンド・アンチゲン型――通称HLA型であることが判明いたしました。


我が組織はより高度な技術を駆使して貴殿のクローフィを、そして貴殿自身の体を検分させて頂きたいと思っております。


つきましては、貴殿が初めて適性テストを受けた支部までお越しくださいますようよろしくお願い致します。


日にちや時間などは貴殿の御都合のよい時で構いません。我が組織繁栄の為、そしてこの世界の為、どうか御協力お願い申し上げます。  敬具 」




………


……






 何度手紙を読み返しただろう。



 気が付くと真南にあった太陽は沈み、窓の外の景色は夕闇に包まれていた。ボクははぁ、と一息ついて、


頭のなかで生まれてからもう何度となく繰り返してきた再認識を行う。


「自分は他人とは違う、選ばれた人間なんだなー」


という余りにも子供染みた、なんの根拠もない認識。


しかしその認識は今や純然たる事実として、この手紙の一文に提示されている。


『ただでさえ数が少ない“提供者”という存在の中でも更に希少、適合者は数十万人に一人』



 その部分だけをもう六度ほど心の中で反芻し、ボクは体の奥の奥から沸き上がる、何かとてつもない奇妙な感覚に襲われた。



 思わず顔から笑みが溢れる。まるでその感覚に促されるかのように。



 こうしてはいられない。



 ボクは冷水でざばっと顔を洗うと、その顔をタオルで拭くこともせず、外へ飛び出した。



 行かなくては。組織のため、世界のため。ボクは行かなくてはならない。



 ただでさえ数が少ない“提供者”という存在ゆえに。


その提供者の中でもさらに希少、“数十万人に一人の適合者”という存在ゆえに。


 ボクは“提供”しなければならない。己のクローフィを。


数十万人に一人の割合でしか適合しないと言われているハイパー・レジェンド・アンチゲン型――通称HLA型、のクローフィを。


組織のため、そして、世界のため、ボクは提供しなければならない。



 気が付くと吉祥寺のあの怪しげなビルの前に着いていた。見覚えのある三菱UFJ銀行の看板――間違いない。


16歳の時、“提供者”になるべく母親に連れていかれたあのビルだ。



 ボクは過去16回、クローフィの提供を行うために組織の支部へ足を向けたが、この吉祥寺の支部を訪れたことは一度もなかった。


もしかしたら無意識に避けていたのかもしれない。


別に支部があるのは吉祥寺だけではない、新宿にだって池袋にだって渋谷にだって、秋葉原にだってある、


だからわざわざ吉祥寺に行く必要はないだろう、などと自分自身に言い分けをして。しかし、心中は違った。



 本当は恐れていたのだ。四年前、レッド・クロスに入り提供者となった、あの日、あの場所、あの記憶を。


そして本当に「他の普通の人間とは相成れない存在になって“しまった”」という事実を、ボクは恐れていたのだ。



 それじゃあ、今はどうだろう。


心の中を満たしているのは沸き上がるような奇妙な感覚。


最早そこに、負の感情呼ばれるものは一切含まれていない。



 ボクは、漸くやってきたエレベーターに乗り込み八階のボタンを押す。


そうだ、あの時もこうしてボクがボタンを押したんだ。


四年前の記憶が鮮明に蘇る。


六階……七階……八階。うぃーんと、ゆっくりエレベーターの扉が開いた。


と同時に視界に入ってくる、ガラスの壁に印刷された組織のシンボルマーク。その巨大な赤耳を要す悪魔の手には看板が握られている。


ああ、四年前と同じだ。


ボクはそこに書かれている言葉を目で確認、心の中で理解し、口に出して復唱した。あの時と同じように。


口に出して、ボクはゆっくりと復唱した。















「皆さんようこそ!吉祥寺献血ルーム タキオンヘ!」














ということでまとめ


『レッド・クロス』――赤十字社


『クローフィ』――ロシア語で血液の意


『HLA型』――Human Leukocyt Antigen型 本当は数百人から数万人に一人の割合で適合


『この話』――七割実話