購入した漫画をサラシアゲル







左から、、、






「行徳魚屋浪漫 スーパーバイトJ 1」




SBJのJは、人生のJ、自由のJ、そして作者であるジュンヌマタのJだ――っとそういうこと。。。


もともとペダルとみつどもえ目当てで買い始めたチャンピオンだったけど、毎週買って読んでるうちに、


なんとなく情が湧いたというか興が乗ったというか、そういう漫画がいくつかあって、これはその中の一つ。。。


漫画家と某スーパー鮮魚部のアルバイト、二束のわらじを履くヌマジュン先生のハイブリッド・ブルースを描いたこの漫画。。。


なんだろう、歯が良い感じなのと、パートさんたちの目の瞳孔が開きまくってて顔眺めてるとだんだん怖くなってくるのが魅力的。。。


あと


『このクソガキ 明太子指で押しやがった!!』


こんなセリフこの漫画以外に登場しようがないから、真剣に考えるとなんだかおかしくなってくる。。。


チャンピオンには女性の編集がいるのかー、ハンザスカイもおもしろそー。。。






銀の匙 Silver Spoon 1」




約9年間の連載で少年漫画のてっぺん一歩手前まで上り詰めた『鋼の錬金術師』の作者、荒川弘の最新作。。。


ハガレンからずいぶん早く戻ってきたなーと思ったら、10年の7月から11年の4月だからそんなことなかった。。。


にしても、こういう人気漫画家の新連載って一体どうやって決まっているのかな。。。


早いもん勝ちの予約制なのかな「ハガレン終わったら次、ウチのトコでお願します!」みたいな。。。


もちろん作者の意向も考慮して。。。


それかドラフト制、指名した雑誌の編集長が紙引いて当たったらヤッターなんて、うん、こっちのが面白い。。。


しかしよりによって週刊誌、それもサンデーとは……。。。


サンデー(週刊)のコミックスなんて初めて買ったよ。。。



これは北海道の農業高校「大蝦夷農業高校」通称エゾノーで、進学校出身の主人公八軒勇吾が学び、成長する青春(駿?)物語。。。



やはりあれだ、さすがこだわりを持つ作家の描く話はめちゃくちゃ面白い。。。


こっちはほぼ知識ゼロだから、素直に感心ばっかりだ。。。


そして、絵が週刊連載になってもあまり変わっていない様に見えるのは、


自分が分かってないだけなのか、


ページ数減ったからなのか、


バトルじゃなくなったからなのか、


アシスタントを増やしたのか、


読者には分からないところで何か省エネしているのか、正解は如何に。。。



次巻は秋か、さすが週刊、間隔が短い。。。


ああそうだ、“銀の匙”の意味をネット使って先調べちゃったヤツは、なんつーか漫画読みとして素人だと思う。。。


自分は絶対、作中で説明されるまで近づかないようにする。。。


その方がいざ明かされたとき、より強いカタルシスを得ることが出来るんだから。。。


























弱虫ペダル 18」




みどうくん マジで アハハ








・IH2日目、御堂筋くんはなぜ負けたのか




 ということで1年間という長きに渡り繰り広げられてきたIH2日目の激闘もようやく決着し、


そんな中、ボクを含めた所謂“御堂筋厨”の期待を一心に背負いペダルを回していた御堂筋くんが、まさかの3位という結果に終わったわけだけど、


どうもこのままだと御堂筋くんの負けた理由が、ゴール前での勝ち確信&過去回想という二重の敗北フラグ+新開さんとのスプリント勝負のガタ、というしょうもないモンになって、


これじゃ勝負に負けたというよりは、“作者の都合”に負けた感じになってしまうので、彼の名誉の為にも、少年漫画的観点から今回の敗北の理由を考えてみようと思う。











 そもそもの話、なぜIH2日目に於ける御堂筋くんの敗北がこんなにも釈然としないのかを考えると、


それは2日目のレース中、彼が本当の主人公を差し置いて、終始“主人公”さながら、


八面六臂の活躍を見せていたことに起因するのではないかと思う。













 その中でも、特に注目すべきは3枚目と5枚目、


前17巻の、フェイズを破棄しハコガクと総北を『王者とそれに類するもん』と認めたシーンと、


落車しそうになった石 さんを助け、『石垣くぅんはボクのアシストなんやから!!』と、今まで蔑ろにしてきたチームメイトの存在を認めたシーンである。


 もともと御堂筋くんは自らの計算に絶対の自信を持っており、その計算上、総北など歯牙にもかけない存在であると考えていたし、後者のシーンに関しても、


その4週前『RIDE.141 段階49』では、『キミらは2日目で全員散りや、3日目はボク一人で十分や!!』と言っているのだ。









 そしてその事を踏まえて見ると、いま挙げた3枚目と5枚目の2つのシーンは、御堂筋くんの心の変遷または成長を描いたシーンと言うことができる。


全ての創作物というものは突き詰めれば、主人公の心の変遷、成長を描いたものである、というのはもはや疑う余地もないほど当たり前であり、殊少年漫画に関してそれは顕著であるわけだけど、


ボクのようないわゆる“御堂筋厨”であるペダル読者が「もう御堂筋くんを主人公にした方がいい」と考えたのは、そのあたりの創作物に於ける主人公の原則を、無意識のうちに彼に当てはめていたからかもしれない。


 では本来、主人公:小野田坂道に当てはめるべきその原則を、なぜボクは御堂筋くんに当てはめてしまったのか。


 それは主人公である坂道さんが、心も実力もMAXLv.99、すでに成長の余地もないほど、チートなモンをお持ちになっていたからに他ならない。











 その証拠に、坂道さんは作中では一切成長するシーンが描かれておらず、成長したように思えるシーンも、それは全てハンディキャップというマイナスをゼロに戻したに過ぎないのだ。









 本当の主人公がここまで成長値MAX頭打ちでは、ボクのような御堂筋くん贔屓の読者が、彼を主人公と見てしまうのも無理からぬ話である。


しかし、皮肉なことにその彼に対する主人公像の投影こそ、今回の敗北の最も大きな理由だったことに、ボクは気づいていなかったのだ。


 さて、ここで少し、渡辺航という漫画家側の視点に立って御堂筋翔くんというキャラクターを考えてみたいと思う。


御堂筋くんの初登場はコミックス9巻のRIDE.72、壇上でインタビューを受ける箱根学園のレギュラー陣に宣戦布告したシーンである。










 いきなりの『ブッ潰しまーす』宣言や『キモッ!キモッ!』と腕を振る奇行、お前の方がキモイわ!とツッコまずにはいられない『イチバンキモイでー』、読者に対して“異質”を感じさせるには十分すぎるほど衝撃的な初登場だったわけだけど、


多く方がご存知の通り、“御堂筋”という名前だけは、すでに第1巻の、それも第1話の時点で、弱泉くんのセリフの中に見つけることが出来る。







 コレだけ見ても、ぽっと出の悪役である広島呉南工業の皆さんが御堂筋くんに勝てる道理なんて微塵も見つからないんだけど、今は話が違うからスルーするとして、


つまり渡辺航は『弱虫ペダル』という物語を始める前から、9巻先を見越して“御堂筋翔”というキャラクターを温めていたのである。


それこそ彼を“主人公”として扱うかのように。


そう渡辺航は、“IH2日目だけでなく物語の初めから”御堂筋くんを主人公(相応)として描いていたのだ。


 では、作者の目論見と読者の認識が一致したこの御堂筋くん=主人公(相応)という事実は、“IH2日目”の敗北にどのような関係があるのか。


それを考えるにあたってボクは、もう一つ重要な事実に目を向けなければならない。


 それは、この敗北が“IH2日目”である、ということである。


IH2日目であり、“まだIH3日目が残っている”、ということである。


 古今東西の少年漫画、特にスポーツモノを見ても分かるとおり、“主人公”が大会の途中や大会前など――チャンスの残された状態――で相手(便宜的に言えば敵)に勝利し目標を達する話などめったにない。


「正義(主人公)は最後に必ず勝つ」という言葉があるとおり、その前に一度敗北を味わうことは、少年漫画における“お約束”なのである。


当然、弱虫ペダルの主人公としての役を与えられていた御堂筋くんもその例に漏れることなく、“大会途中のIH2日目”に敗北を喫した。


 そう、御堂筋くんの敗北は始めから、“少年漫画のお約束”だったのだ。



 ボクはIH2日目、ゴール前の攻防を読みながらずっとずっと勘違いしていた。


「これだけ主人公やってて御堂筋くんが負けたらウソだろう」と。


でも違うのだ。


「これだけ主人公をやってるから“こそ”、この二日目、御堂筋くんは負けて当たりまえ」と考えなければいけなかったのだ。



 もしIH2日目に御堂筋くんの勝利する道があったのだとしたら、それは渡辺航が、彼を初めから主人公として描いていなかった場合であろう。


そうすれば心の成長もせず、計算通りフェイズを進め、ゴール前で石 さんを切り捨てて、4秒のマージンもひっくり返されることもなく、ダントツでゴールリザルトラインを越えていたことだろう。


しかしそれは同時に、3日目のゴール前で「僕の計算が外れたやと!?」とか「これが仲間の力!?」などと、突然雑魚化する小悪党よろしく、御堂筋くんが惨めな敗北を晒すことに他ならないので、


やっぱり2日目の段階で“主人公”(相応)として最後まで食らいついて負けてくれて良かったなーと、“御堂筋厨”であるボクは思うわけでした。








弱虫ペダルの本当の主人公は一体誰なのか




 いま上であれだけ御堂筋くん=主人公(相応)ということを力説したのだけど、御堂筋くんはあくまで(相応)であって本当の主人公ではない。


 では本当の主人公は誰なのか?


 弱虫ペダルの主人公ならぬ、主人校を挙げるとしたらそれは満場一致で総北高校であろう。


ということは主人公もその中にいるのではないかと考えるのは自然だが、


前に言ったとおり、物語の初めから一応主人公として設定されている坂道さんは、心も実力も一切成長を見せないキャラクターである。


 そもそもこの弱虫ペダルという話、心の成長が描かれているキャラクターが御堂筋くんの他に一人しかいない。


 そう、我らが弱イドル(造語)、弱泉俊輔くんである。


 彼は今まで2回、ゴール前でアシストに入るときに、誰が読んでも分かるくらいの成長を見せている。















 1回目は1枚目から4枚目、初日のアシストVS荒北の時、理屈で勝利を考えてしまうおりこう泉くんから、ただ求めることで勝ち(先頭=静か)を喰らう野獣泉くんに、


2回目は5枚目から9枚目、2日目のアシストVS御堂筋くんの時、御堂筋くんを意識しすぎるあまり苛められるとすぐ心が折れちゃうヒヨコ泉くんから、チームのために戦う仲間泉くんへと、


段階的な成長を遂げているのである。


 大体「弱虫ペダル」の弱虫の称号は、相手構わずオタトークを繰り広げられる“勇気”を持つ坂道さんより、御堂筋くんに煽られてマジ泣きしてしまう弱泉くんにこそふさわしいというものであろう。








 タイトルから斟酌しても弱泉くんが主人公であることは火を見るより明らか(今度は間違えない)なことのなのだ。



 1日目に“勝ちを求める”ことを知り、2日目に“チームのために走る”ことを知り、


よし、じゃあ3日目は“チームのために勝ちを求めて”実際に勝利し、弱泉くんから強泉くんへ、最後の成長を遂げようじゃないか!と、なんだかんだで弱泉くんが嫌いじゃない自分は思うわけでした。








・三つ巴と今後の展望




 弱虫ペダルはIHに入ってから常に、総北ハコガク京伏、の三つ巴の様相を呈している。


 IHが始まる前、思わせぶりに出てきた奈良山理とか金沢三崎など蚊帳の外ならぬコマの外の勢いで、ずっとずっと三つの高校の争いが続いているのだ。


しかし、一見マンネリ化しているように見えるこの三つ巴も、今巻のゴール前に於ける各校のエースの心情を覗いてみると、ただ三校で走り合っているだけではないということが良く分かる。









 そう、各校とも勝利というものが持つ意味=つまり御堂筋くん的に言えば“背負っとるもん”が、三者三様三つ巴、それぞれ違うのである。


 トミーは「“己の強さ”を証明するための勝利」であり、


金城さんは「“チーム”のための勝利」であり、


御堂筋くんは「“勝利”のための勝利」と、そう読み取ることが出来る。


トミーと金城さんに関してはあれだけ『俺は強い!』と『六人で完成系!』を連呼してるんだから何を今更だけど、


ここでもやはり、御堂筋くんの「“勝利”のための勝利」には少し考える余地があるだろう。


 御堂筋くんの過去の回想を見れば一目瞭然だが、彼はもともと「病気で入院をしている“母親”のために勝利」を求めていた。


が、その母親が死んでしまい、迷惑なことに今際の言葉が「勝つとこ見たい 前へ進め」だったもんだから、御堂筋くんは勝利を目的とするだけの修羅になってしまったと。









 でも孫子の兵法に「百戦百勝は、善の善なるものにあらず」という言葉がある通り、勝利はあくまで手段であって目的ではない。


あー、そう考えると“背負っとるもん”の違いも二日目の敗因と考えても良いのかなー、と自己完結。


16巻のあのセリフは伏線ブーメランでしたと。







 さて、未だにカマセ臭の抜けきらない広島呉南工業という“些細なバグ”が混入してはいるものの、おそらくIH3日目のゴール前も総北ハコガク京伏、三つ巴の戦いになることは想像に難くない。


 しかし、1日目、2日目と違い、ゴールが山であることから、その舞台に立つメンバーもまた変わってくることが予想される。


ボクとしては――っつってもみんな思ってるだろうけど――やはり、坂道さん、山岳、御堂筋くん、一年生クライマーズの戦いになるのではないかと踏んでいるのだが、


その理由は、なんとなくとか流れ的にではなく、彼らもまた、金城さんやトミーと同様、走ることに対してそれぞれ異にした心情を持っているからに他ならない。


 ただ一つ、金城さんやトミーと違うことは、彼らのその気持ちが必ずしも勝利に直結していないということである。















 坂道さんは「ただ“自転車が楽しい”から“走る”」のであって、勝利こだわったことなど一度もなく、監督はそれを『彼が魅せているのは自転車の根源的なオモシロサデスヨ!!』と評している。


 そして、坂道さんにとって“誰かと一緒に走ること”とは自転車をさらに楽しむためのスパイスであり、一緒に走る人数が多くなるほど=自転車が楽しくなればなるほど、ペダルの回転数が上がっていくのである。


 そう考えれば、IH2日目、最下位付近の田所を先頭集団まで導いたチートのような鬼っ引きも、まあ納得できないこともない。


あのとき坂道さんは、たった“一人”で最下位から100人抜きを成し遂げたIH1日目*1よりも速い速度でペダルを回していたのだから。


 同様に山岳も、勝利にはあまり拘泥しておらず「ただ“速い人と走りたい”から“走る”」のであり、そのことに自転車の楽しさどころか、自らの“生の実感”すらも見出している。


 坂道さんと同じ視点に立つのなら、山岳にとってのスパイスは“坂”であり、そのこだわりはもはや変態ジャンキーの域に達しているのだが……、9枚目の画像を見て欲しい。


 これは今週発売のチャンピオン掲載の弱虫ペダル『RIDE.167 アラキタ』の集団に残った荒北さんと坂道さんの協調に山岳が加わるシーンなのだが、


『3人ならきっと 3倍の速度で追いつくよ!!』と言っている。


 この言葉の真意は、風除けとかローテーションのことではなく、当然“自転車の楽しさ”のことである。


「3人で走れば=より多い人数で走れば、楽しいから速くなるよ!」と、そう言っているのだ。


すなわち山岳が“坂”というスパイスのみならず、“誰かと一緒に走ること”――坂道さんのスパイスも持ち合わせているという証拠なのである。


そう、山岳は坂道さんの上位互換だったのだ。



 では最後、御堂筋くんはどうか。“勝利”のために“勝利”を求め敗北した可哀想な御堂筋くん。


 彼は今、一体なにを考え、なんのためにペダルを回しているのか。


IH3日目、その真意を彼の表情から窺い知ることは、今のところ出来ない。








しかしその片鱗だけは、以下画像、IH2日目終了後の夜、坂道さんとの3kmの競争の中で垣間見ることができる。










 夏休みの間、毎日欠かさず45kmも離れたアキバを往復していた坂道さんに対して、御堂筋くんが重ね合わせたのは、同じく母親の入院していた病院へ毎日通っていた自分の姿。


そして笑う母親、“笑っていた自分”である。


 上でも述べたとおり元々御堂筋くんは「病気で入院をしている“母親”のために勝利を求め走っていた」のだが、


上の懐古画像を踏まえそれをもっと細かく解釈すると、「病気で入院している“母親の笑顔”のために勝利を求め、その笑顔のおかげで“自らも笑顔で”=“自らも楽しんで”走っていた」と考えられるのではないだろうか。


 しかし母親が病気で死んでしまい、自分が走ることで笑顔に出来る人間がいなくなってしまった、それに伴い自分も笑えなくなってしまった=楽しめなくなってしまったと解釈できるのではないだろうか。


 それが坂道さんの『誰かと一緒に走っていると楽しくなって笑ってしまう』というセリフを受け、自分が走ることでまた笑顔に出来る人がいることを知り、


何より、御堂筋くん自身が、笑顔になれるかもしれない=自転車を楽しめるかもしれないキッカケを見つけたのだとしたら、IH3日目の御堂筋くんが走る理由=“背負っとるもん”は、「坂道さんと真剣勝負をし、そのキッカケを確信に変えること」なのかもしれない。

 遅れてきた御堂筋くんの最初の表情が“七分咲きほどの笑顔”なのも、そのあたりの根拠を強めている気がしないでもない。







 ということで以下結論。


 2日目のゴール前は“勝利”を中心に据えた三つ巴展開だったわけだけど、


3日目のゴール前は“笑顔=楽しむ”をメインに、坂道さん、山岳、御堂筋くんの内、誰が一番自転車を楽しんでるかを満面の笑みで競い合う三つ巴の攻防が繰り広げられのではないかなと、弱虫ペダルが大好きな自分は思うわけでした。

*1:まあこの時点ですでにチートメガネさんの称号を貰えるくらいだが……