『狐独のグルメ』第2話「東京都文京区東京ドームの社会人価格チーズバーガー」





野球を生で観戦したのは本当に久しぶりだった。


去年大学を卒業し就職をした友人の企業が出場するということで、興味も無いくせに誘われるままに着いていったが、これがなかなかどうして盛り上がる試合だった。


時刻は午後六時、お腹の虫もいい具合に鳴いてるしこのまま自社の勝利に気を良くした友人とどこか呑みに行くかと思っていたのだが、会社の上司から呼び出しを受けた友人は、すまなそうにしながらも俺を置いてそちらの祝勝会へと行ってしまったため、今、俺は一人東京ドームの周りを歩いている。


やっぱり会社だからそういうのはしょうがないんだろうなぁ。


「さて」


すっかり気分は冷めてしまったが、空腹は収まらない。


「仕方ない、どこかめし屋でも探すか」


しかしこの辺りの店だとどこもスーツをきたサラリーマンに占拠されていそうで学生の俺は気が引ける。かと言ってわざわざ駅を移るのも追い出されたようで滑稽だ。この辺りであまりサラリーマンが入らなそうな店は…。


「おっ」







「ここは、ハンバーガーショップか…」


チェーン店のハンバーガーショップはやたらガキ臭くて入れたもんじゃないが、ここならわりと本格的みたいだし、サラリーマンの集団も入ってくることは無いだろう。







いやに高いな…。まあそれだけしっかり作っているということか。


「ここにするか」


「いらっしゃいませー お好きな席どうぞー」


ふぅ、やはり空いているな。


一度吉祥寺のマクドナルドに行ったときはうるさい中高生と子連れの主婦に座席を占拠されていて、おぼんを持ったまま立ち往生してしまったことがあったが、ハンバーガーショップもこれくらい静かだと入りやすい。







「ご注文お決まりになられましたか?」


「あぁはい、えーと、テリヤキ、いやチーズバーガーのAセットで、ドリンクはコーラでお願いします」


「はいかしこまりました。チーズバーガーのAセットにセットドリンクはコーラですね。少々お待ちください」


しかし野球を観戦した後にハンバーガーとポテトとコーラとは中々アメリカンな組み合わせだ。


観戦したのはメジャーでもなければプロ野球でもない、ただの社会人野球だが。


それにしても……。来年はとうとう俺も社会人か。


4年で卒業して就職した友人達は飲み会の度に仕事を辞めたいと愚痴をこぼしているが。


「なんか不安だな」


「おまたせいたしました。チーズバーガーのAセットとドリンクのコーラでございます。ごゆっくりどうぞー」


「ほぅ」







ハンバーガーなどめったに食べないが、これはなんというか、昔食べたチェーン店の安物とは全く別物のような気がする。


中を開いて出すのも見栄えがよくて食欲をそそる。


「じゃあさっそく」


「あぐ、もぐ、もぐ、もぐ」


うん、これはおいしい。パンもフカフカしているし、とけたチーズの乗った肉厚のハンバーグがトマトの酸味とよく合っている。










さてコーラはどうかな。


コーラを飲むなんていつ以来だろう。子供の頃は「骨や歯が溶ける」とか言われて親が禁止してたっけか。


「ごく ごく ごく   ふぅ」







そうそう、このいかにもカフェインに水と大量の砂糖をぶっこみましたという感じの体に悪そうな味。


アハハハ… 子供に飲ませなくて正解だな。


「もぐ もぐ うん、うまいうまい」


「ポテトはこういう感じか。個人的にはくし切りっぽくなってるほうが好きなんだけど」


「むしゃ むしゃ ごく ごく」



……………
………



「ふぅ 食べた…」


ハンバーガーってこんなに美味いものだったのか…。


「すいませーん お会計お願いします」


「はい チーズバーガーのAセットがお一つで1180円でございます」


やはり学生の俺には少し高かったか…。


もしかしたらこの値段設定は今日ここに試合を見に来た社会人たちの為のものだったのかもしれないな。


だとしたら俺は…。


そういうことなら俺も今度はスーツを着て、社会人としてこの店でチーズバーガーとコーラを注文してやることにしよう。


まあ、しっかり大学院を卒業できたらの話だが。